来 歴



身許不明


彼が借りている骨は東方人種系特有の持物
父祖伝来の膠着質
皮膚は南半球に草はむ羊の毛皮
生きてゆく方途さえ他人の褌でこと足りて来た身上
魂はもの言うを潔しとしないから
彼の身許は全く不明なのだが
それにしても彼の表情に浮遊する白い血は何なのか
あの冷たい骨の感触が
ふと金属の非情に似かよつたりすると
彼の足どりには
鎖でつながれた犬のしぐさが紛れこんでしまうのだ
もしも四つ足で地を這うぶざまな行進を強いられても
誰も責任をもてない
彼の存在の権利も義務も他人には任せられないことだから
彼の存在に関する
一切の懸念を鵜呑みにしている他人は
嚥下したものを吐き出せばよいだけだ
しかし誰の胃の腑にも少量の黄色い液体が
音を立てているにすぎない
今日最大の不幸事は
人間が獏のように自分の夢を喰つて生きないことだ
世界中が身許不明の彼を前にして困却してしまう
だがすでに歩きはじめた彼よ
たとい能なしでもひつこむわけにはゆかないのだ
筋書はまだ半分
氷の地面を固い風が吹いて
世界の夜明けはまだ遠いものと見える

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